「デコピン」商標出願は拒絶理由の隙間を埋める条文で拒絶される

大谷選手の愛犬の「デコピン」を複数の方が商標出願

近年、メジャーリーガーとして世界中にファンを持つ大谷翔平選手の愛犬「デコピン」が大きな話題を呼びました。その人気ぶりに便乗するかのように、複数の第三者が「デコピン」という名称を商標として出願したことが報じられています。このニュースを知ったファンの中には、「もし『デコピン』が他人の商標として登録されてしまったら、大谷選手自身が『デコピン』を使ったグッズを自由に販売できなくなるのではないか」と心配された方も多いのではないでしょうか。
確かに、商標制度の仕組み上、特定の名称やロゴを先に出願して登録された場合、原則としてその指定された商品やサービスの範囲内では、他の人は自由にその商標を使用できません。つまり、もし第三者が「デコピン」でペットグッズなどを登録し、大谷選手が同じ商品カテゴリーで『デコピン』と表示したグッズを販売すれば、商標権の侵害を問われる可能性があるという理屈になります。
ただし、こうした第三者による“便乗出願”には当然ながら歯止めをかける仕組みが用意されています。今回は、その拒絶の仕組みとしてどの条文が適用されるのか、そして「デコピン」がなぜ認められなかったのかを順に見ていきたいと思います。著名人やそのペットに関連する名称の場合、必ずしも「芸名」や「氏名」に該当するとは限りません。大谷選手自身の名前ではなく愛犬の名前であるがゆえに、どの条文を根拠に拒絶するかは非常に悩ましいポイントです。そこで本稿ではデコピンの商標出願がどのような理屈で拒絶されるのかを解説します。

「SHO TIME」は大谷選手の知名度を理由に拒絶

大谷選手に関連する商標出願の事例として有名なのが「SHO TIME」です。このフレーズは、大谷翔平選手の名前「Shohei」と「Show Time(見せ場)」を掛け合わせたもので、彼が活躍する姿を象徴する言葉としてファンの間で定着しています。この「SHO TIME」を第三者が商標出願した際、特許庁は大谷選手の著名性などを理由に拒絶しました。
商標法では、他人の著名な氏名や芸名などを無断で使用した商標については、需要者があたかも本人の提供する商品・サービスであるかのように誤認混同するおそれがあるため、登録を認めない仕組みがあります。「SHO TIME」の場合、大谷選手の活躍ぶりが日本国内はもちろん海外でも広く知られており、このフレーズを見れば誰もが大谷選手を思い浮かべるといえます。そのため、第三者がこのフレーズを商標登録してしまうと、ファンを含めた消費者は当然、大谷選手が関与している商品だと誤解してしまうでしょう。
このように、著名人の知名度や社会的評価を根拠に「誤認混同の防止」という観点から商標出願が拒絶される事例は少なくありません。しかし、このようなケースは大谷選手の名前や芸名のように“人”に直接紐づいている場合に該当しやすく、愛犬の「デコピン」の場合は同じ理屈で拒絶できるのか、という疑問が生じます。ここに、商標法の適用範囲の難しさと、拒絶理由の「隙間」を埋める条文の必要性が見えてきます。

著名人に関する商標出願を拒絶する条項はいくつかある

商標法には、著名人の名前や芸名などを保護するための条項がいくつか用意されています。代表的なものとして、商標法第4条第1項第8号があります。この条文は、「他人の肖像又は著名な氏名、雅号、芸名若しくは筆名を含む商標は、原則として登録できない」と規定しています。この趣旨は、他人の人格権や名誉を保護し、無断使用による不正な利益取得を防ぐことにあります。
また、商標法第4条第1項第15号も重要です。こちらは「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」を拒絶する規定です。たとえ著名人の名前そのものではなくても、その商標が需要者に誤解を与え、あたかもその著名人や関係者が提供する商品やサービスだと認識させてしまう場合には、登録が認められません。
これらの条項によって、著名な人物の名前やフレーズを勝手に商標登録し、便乗的に商品を販売する行為には一定の歯止めがかけられています。しかし、「デコピン」のように、著名人自身ではなく“ペット”の名前である場合にどのような理屈で出願を拒絶するかは悩ましい問題です。

デコピンは犬なのでこれらの条文は直接適用できない

商標法上、条文に記載されている「他人の著名な氏名や芸名」は、あくまで人間に限定されると解釈されています。つまり、「デコピン」は大谷選手の愛犬であり、法律上「人」ではないため、4条1項8号の「他人の著名な氏名」に該当しないということになります。同様に、4条1項15号も「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある」ことを前提としていますが、犬である「デコピン」自体は商標権の主体にはなれないため、ここも直接的には当てはまりません。
このように、著名人の愛犬の名前であっても、「他人」に該当しないため、既存の著名人保護の条項をそのまま適用することは難しいのが現状です。しかし、現実には「デコピン」といえば誰もが大谷選手の愛犬を連想するでしょうし、その名前を無関係の第三者が商標登録してグッズを販売すれば、多くのファンが大谷選手に関係していると誤認する可能性があります。
ここで問題となるのは、制度と実態のギャップです。条文が想定していない領域に対してどのように法の趣旨を適用していくかが問われています。

最終手段の公序良俗違反は特許庁はあまり持ち出したくない

商標法には、4条1項7号として「公の秩序または善良の風俗を害するおそれがある商標」は登録できないという規定があります。これを公序良俗違反と呼びます。この条項は非常に幅広く、どのようなケースにも適用できる“最後の砦”のような役割を果たしています。
ただし、実務上はこの条文を乱用することは望ましくないとされています。というのも、公序良俗という概念は抽象的であり、適用基準が曖昧になりがちです。特許庁がこの条文を濫用すれば、商標登録の予見可能性が低下し、出願人にとって何が登録できて何ができないのか分からなくなってしまいます。そのため、公序良俗違反を理由に拒絶するのは、本当に社会的に許容できないような悪質なケースなどに限定されるのが一般的です。
「デコピン」の場合、大谷選手の愛犬の名前を無関係な第三者が商標登録することは、多くの人にとってはモヤモヤする行為ではありますが、それが直ちに公序良俗に反するかと言われると、適用のハードルは高いといえます。このため、特許庁としては公序良俗違反という“大砲”を持ち出すより、より適切で実務的な条文を用いて拒絶する方法を探すことになります。

3条1項6号を理由に拒絶

そこで実際に「デコピン」の商標出願で適用されたのが、商標法第3条第1項第6号です。この条文は「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標」は登録できないと規定しています。これは商標の本質である「出所表示機能」が十分に果たされないと考えられる場合に適用されます。
「デコピン」は、愛犬の名前として広く認知されていますが、その名前自体が特定の業者の商品やサービスと結びついているわけではありません。むしろ、需要者にとっては「大谷選手の愛犬」というイメージが強すぎるため、第三者が無関係に商標登録したとしても、その商品やサービスの出所を適切に識別することができないと判断されるのです。
このように、著名人や流行語など特定の誰かに独占させるべきではない言葉を第三者が取得しようとしたときに、個別の拒絶理由では網羅できない場合の隙間を埋める便利な手法として、この3条1項6号が活用されます。この条文は、商標法の隙間を埋める非常に重要な役割を果たしています。

その他の事例

同様の例としては、「そだねー」や「大迫半端ないって」などの流行語を第三者が商標出願したケースが有名です。これらも特定の個人が生んだ言葉やフレーズでありながら、著名な氏名や芸名に該当しないため、4条1項8号や15号ではカバーしきれませんでした。しかし、公序良俗違反とするには大げさすぎるため、最終的には3条1項6号によって「出所表示機能がない」として拒絶されています。
このような事例を見ると、商標法は法律上すべてを明確に規定することが難しい場面があり、実際には社会通念や需要者の認識を踏まえて柔軟に対応していることがわかります。「一見すると登録できそうな隙間」があっても、3条1項6号をうまく活用することで、不当な権利取得が未然に防がれています。

まとめ

大谷選手の愛犬「デコピン」に関する商標出願の事例は、著名人や流行語にまつわる商標出願がどのように拒絶されるのかを考える良いきっかけになります。芸名や氏名のように条文で明確に保護されるものだけでなく、その隙間を埋める条文として3条1項6号が機能しています。
結局のところ、著名人や話題性の高いフレーズを“便乗”目的で商標登録しようとする行為は、法の趣旨に照らして認められることはほとんどありません。商標制度は本来、適正な事業活動を保護するためのものであり、誰かの努力や知名度にただ乗りする行為を許すものではないからです。今後も同様の出願が後を絶たないかもしれませんが、適切に法が運用されていくことで、不正な商標取得はしっかりと防がれていくでしょう。
当センターでは不当な商標出願に対する異議申し立てや取消対応も行っております。下記よりお気軽にご相談ください。

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