相談者(40代男性)
いろんな企業の深刻な情報漏洩事件をふまえ、当社でも機密情報の管理体制を整備したいと思います。しかし、大事な情報をただ外部から隠すだけで済むような簡単な問題ではないように思います。また、どの情報を秘密管理するかも悩ましいです。そこで、他社ではどのように秘密情報を整理して管理しているのか教えていただけると助かります。
回答者:弁理士
オープン・クローズ戦略という考え方が」あり、まずは社外に公開する情報と社外に隠す情報とを分別します。おそらく後者が圧倒的に多くなります。営業秘密は、もし漏洩事件が起きた際に法律で救済されるためには秘密管理していることが必要ですが、同時に営業上有用な情報であることも必要です。そのため、単にアクセス権者を制限するのではなく、社内では情報を活用しながら、社外には隠すことが必要で、個々人の情報管理に対する意識啓蒙と、技術的な手立ての両面から体制を構築することが必要です。
機密情報の管理は奥が深い
企業活動において、機密情報の漏洩が原因で多大な損害を被る事件は年々増加しています。顧客情報の流出や技術情報の持ち出し、不正アクセスによるデータ窃取など、形態はさまざまですが、いずれも企業の信用や競争力に深刻な影響を及ぼします。特に問題となるのは、一度情報が外部に流出してしまうと、事後的な回復が極めて困難であるという点です。謝罪や補償、再発防止策を講じたとしても、失われた信頼や独占的優位性を完全に取り戻すことは容易ではありません。
こうした背景から、「秘密管理」の重要性が強く認識されるようになっています。不正競争防止法においても、営業秘密として保護を受けるためには、秘密として管理されていることが大前提となっています。しかし、ここで一つの疑問が生じます。どの情報を、どの程度、どのような方法で秘密として管理すべきなのかという点です。すべての情報を一律に厳重管理すればよいわけではなく、かといって管理が甘ければ法的保護を受けられない可能性もあります。
実務の現場では、「重要そうだからとりあえず非公開にする」「漏れたら困るからアクセスを絞る」といった感覚的な対応が先行しがちです。しかし、情報は性質や用途によって適切な管理方法が異なります。技術情報、営業情報、ノウハウ、社内ルールなどを同じ基準で扱うことは、かえって組織の動きを鈍らせる原因にもなります。
このように、機密情報の管理は単純なルールでは割り切れない奥深さを持っています。そこで本稿では、機密情報を管理する際に多くの企業が直面する「2つのジレンマ」に着目し、その構造と向き合い方について整理していきます。
オープンかクローズか
情報管理の世界では、「オープンクローズ戦略」という考え方が広く知られています。これは、保有する情報をどこまで公開して活用するのか、どこから先を非公開として守るのかを戦略的に選択するという発想です。特許出願によって技術を公開する代わりに独占権を得るのか、あるいはノウハウとして秘匿し続けるのかといった判断は、その典型例といえます。
このオープンクローズ戦略は、知的財産を専門とする弁護士や弁理士によって解説されることが多く、その影響もあって「公開して活用すること」の意義が強調されがちです。確かに、情報をオープンにすることで市場を拡大したり、標準化を主導したりするメリットは存在します。しかし、こうした議論は往々にして「公開できる情報」を前提としており、経営の中枢に関わる情報については十分に触れられないことがあります。
実際の企業経営を見渡すと、競争優位の源泉となる重要情報の多くは、外部に公開されることを前提としていません。価格戦略の考え方、顧客との関係性構築の手法、業務プロセスの細部に宿る工夫などは、まさにクローズされるべき情報です。これらを安易にオープンにしてしまえば、競争力を自ら手放すことになりかねません。
一方で、何でもクローズすればよいわけでもありません。情報を抱え込みすぎることで、新たな連携や発展の機会を逃す可能性もあります。このように、オープンにすべきかクローズにすべきかの判断は、単なる理論ではなく、個別具体的な経営判断として突きつけられます。ここに、情報管理における最初の大きなジレンマが存在しています。
秘密にするか見える化するか
クローズすべき情報は秘密管理を徹底すべきだとよく言われます。アクセス権を限定し、持ち出しを禁止し、厳格なルールを設けることで、情報漏洩のリスクを下げるという考え方です。しかし、これとは別の視点から、情報の扱い方を問い直す理論も存在します。それがSECIモデルです。
SECIモデルでは、組織の知識創造プロセスとして、暗黙知を形式知へと変換し、共有し、再び個人の知に取り込んでいく循環が重視されます。熟練者の経験や勘といった暗黙知を見える化し、組織全体で活用することが、持続的な成長につながるとされています。この考え方に立てば、情報は「見える化」して共有されるべきものとなります。
ここで問題となるのが、秘密管理との関係です。暗黙知を見える化することは、情報の価値を高める一方で、漏洩リスクを高める側面もあります。どこまで形式知として文書化するのか、誰に共有するのかといった判断は容易ではありません。情報の性質によっては、見える化すること自体がリスクとなる場合もあります。
さらに現実の組織では、社内と社外を明確に分けて考える必要があります。社内では見える化して共有し、業務効率や品質を高めたい一方で、社外には決して漏らしたくない情報も数多く存在します。このような「内向きにはオープン、外向きにはクローズ」という状態を実現するには、制度面・運用面の両方で細やかな設計が求められます。ここにもまた、情報管理の深いジレンマが横たわっています。
有用な情報は活用しなければ意味がない
重大な情報漏洩事件が報道されるたびに、情報管理の重要性が強調されます。その影響もあり、「とにかく守る」「外に出さない」という発想が先行しがちです。しかし、情報管理の本来の目的は、単に漏洩を防ぐことではありません。
情報を秘密管理する実務的な目的の一つは、万が一漏洩した場合に、不正競争防止法による救済を受けられる状態を整えておくことです。そのためには、当該情報が営業秘密として認定される必要があります。営業秘密には、秘密管理性、公然非公開性、そして有用性という三つの要件があります。
ここで特に重要なのが有用性です。情報がいくら厳重に管理されていても、実際の業務で活用されていなければ、有用性が否定される可能性があります。金庫にしまわれ、誰も参照せず、意思決定にも活かされていない情報は、企業活動に寄与していないと判断されかねません。
つまり、秘密管理とは「使わないための管理」ではなく、「使うための管理」であるべきです。社内で活用され、競争力の源泉として機能しているからこそ、その情報は守る価値を持ちます。情報を活用することと、守ることは、本来対立するものではありません。
この点を見誤ると、秘密管理は単なる形式的な作業となり、企業の成長を妨げる要因になってしまいます。有用な情報をどう活かし続けるかという視点を欠いては、真の情報管理とは言えないのです。
秘密管理の意義
情報の秘密管理という言葉を聞くと、多くの人は「アクセス権者を極端に絞る」「書庫やサーバに厳重に保管する」「できるだけ人の目に触れさせない」といったイメージを抱きがちです。確かに、これらは秘密管理の重要な要素ではありますが、それだけをもって秘密管理の本質と考えるのは不十分です。むしろ、そのような理解にとどまること自体が、情報管理を難しくしている原因とも言えます。
秘密管理の本来の意義は、情報を「使えない状態にすること」ではなく、「正しく使える状態を維持すること」にあります。有用な情報は、社内で活用されてこそ意味を持ちます。業務改善、意思決定、顧客対応、戦略立案など、企業活動のあらゆる場面で活かされているからこそ、その情報は競争力の源泉となります。使われていない情報は、どれほど厳重に管理されていても、企業に価値をもたらしません。
ここで重要となるのが、「社内では活用し、社外には漏らさない」という秘密管理の基本原則です。これは言葉にすれば簡単ですが、実務では極めて高度なバランス感覚が求められます。社内で活用するためには、一定範囲の人が内容を理解し、参照し、場合によっては加工できる状態でなければなりません。一方で、その範囲を広げすぎれば、漏洩リスクは確実に高まります。
さらに、組織は固定的な存在ではありません。人事異動や組織改編、外部委託の増加などにより、「誰がどの情報を扱うべきか」は常に変化します。昨日までは正当なアクセス権者だった人が、今日からはそうでなくなる場合もあります。この変化に追随できない秘密管理は、形式だけが残り、実態と乖離してしまいます。
また、秘密管理は制度やシステムだけで完結するものではありません。最終的に情報を扱うのは人です。従業員が「なぜこの情報が重要なのか」「なぜ社外に出してはいけないのか」を理解していなければ、どれほど厳格なルールを設けても抜け道は生まれます。一方で、理由を理解した上での行動は、ルール以上に強固な抑止力となります。
過度な秘密管理がもたらす弊害にも注意が必要です。情報共有が滞り、部門間の連携が弱まり、結果として業務効率や品質が低下するケースも少なくありません。「知らなくてよい人」を増やしすぎることで、「知っているべき人」まで排除してしまう危険性があります。この状態では、秘密管理が企業の成長を阻害する要因となってしまいます。
秘密管理の意義とは、漏洩リスクをゼロにすることではありません。情報を企業の力として機能させ続けるために、活用と保護の両立を図ることにあります。そのためには、完璧な正解を求めるのではなく、情報の性質や組織の実情に応じて、管理方法を調整し続ける姿勢が不可欠です。この継続的な調整こそが、秘密管理の本当の価値を支えています。
まとめ
機密情報の管理は、単なるルール作りや技術的対策だけで完結するものではありません。本稿で見てきたように、情報をオープンにするのかクローズするのか、秘密にするのか見える化するのかといった選択は、常にトレードオフを伴います。どちらか一方を選べばすべてが解決するという単純な話ではなく、状況に応じた判断が求められます。
さらに重要なのは、秘密管理が目的化してしまわないことです。情報は活用されてこそ価値を生みます。有用な情報を社内で使いながら、同時に社外への流出を防ぐという矛盾した要請に向き合うことが、現代の情報管理の本質といえます。そのためには、情報の性質を見極め、適切な管理レベルを設定し、継続的に運用を見直す姿勢が欠かせません。
また、制度やシステムだけでなく、人の意識も重要です。従業員一人ひとりが情報の価値とリスクを理解し、自分ごととして扱える環境を整えることが、結果として強固な秘密管理につながります。機密情報管理の2つのジレンマは、避けて通ることのできない課題ですが、正面から向き合い続けることで、企業の持続的な競争力を支える基盤となります。
当センターではこうした秘密情報管理に関する指導・助言を多数取り扱ってまいりました。秘密情報管理に関するご相談事がありましたら、ぜひお気軽に当センターにご相談ください。



