相談者(60代男性)
当社では今回初めて特許権を取得しました。これを機に社内の研究開発体制を整備してどんどん新しい研究成果を出して特許権を多くとって行こうと思います。そのためにはどのように取り組んでいけばよいでしょうか。根性論は嫌いなのでできる限りむだなく合理的に物事を進めていきたいですし、あまり多額の設備投資をする予定もありません。
回答者:弁理士
研究開発には費用がかかります。そして研究開発は成果を保障しないため、投資の観点で費用を呼び込むのが難しく、継続的な研究開発を行うためには眷属的な研究費の獲得が不可欠です。そのためには、まずは自社内の研究成果やノウハウなどの情報も含めて重要性に応じて分別し、オープン・クローズ戦略により、社内に秘匿するものは秘匿し、公開するものは収益化し、さらに発展させていくサイクルに乗せる体制づくりが必要です。
今年もノーベル賞受賞の時期が到来
毎年秋になると、世界中で注目を集めるのがノーベル賞の発表です。科学、文学、平和など多岐にわたる分野で、世界的に卓越した功績を残した人々が称えられます。今年も例外ではなく、日本人研究者がその名誉ある賞を手にしました。その功績は国内外で大きく報道され、多くの国民が誇りと喜びを感じたことでしょう。受賞した研究は、決して一朝一夕に生まれたものではありません。多くの年月をかけ、膨大な試行錯誤を経て初めて形になった成果です。
しかし、世間ではしばしば「天才的なひらめき」や「偶然の発見」がノーベル賞を生んだように語られることがあります。確かに、科学の歴史を振り返ると、偶然から重要な発見が生まれた事例もあります。ですが、その背景には必ず、地道な努力の積み重ねと、継続して研究に専念できる環境整備が存在します。突発的な天才が単独で生み出す成果ではなく、長期的に支える体制があってこそ偉大な研究は実を結びます。
ノーベル賞は個人に授与されますが、その成果は多くの人の支援と組織的な基盤に支えられています。安定した研究資金、人材の継続的な育成、失敗を許容する文化などが整って初めて、研究者は大胆な挑戦を続けることができます。したがって、ノーベル賞を目指すことそのものよりも、「持続的な研究体制をいかに維持するか」という観点が、今後の日本社会にはより重要となるでしょう。そこで本稿では、研究開発を長期的に継続するための体制整備の要点を、順を追って説明していきます。
継続的な研究費の捻出
研究には必ず費用がかかります。材料費や機器購入費、実験施設の維持費だけでなく、研究者の人件費や学会発表のための旅費など、膨大なコストが必要です。こうした費用を一時的に確保できても、それを継続的に確保する仕組みがなければ、研究活動は途絶えてしまいます。ノーベル賞級の成果を生むような研究は、10年、20年という長期スパンでの蓄積が前提となるため、資金の持続性こそが最大の鍵となります。
日本の多くの国立大学や研究機関では、限られた予算の中で苦心して研究費を捻出しています。文部科学省の競争的資金や科学研究費補助金に応募するだけでなく、産学連携プロジェクトや民間からの共同研究費を取り込むなど、多様な資金源を確保する工夫が行われています。しかし、これらの資金は常に不安定で、年度ごとに審査や採択の結果次第で左右されます。資金確保が途切れれば、優秀な研究者であっても研究を継続できないリスクを抱えています。
研究の難しさは、「成果を確約できない」点にもあります。金融の世界では、将来の成果や利益を担保にして資金を調達することが一般的ですが、基礎研究はその本質上、結果が保証されていません。つまり、どれだけ時間と労力を費やしても、すぐに実用化や収益化が見込めません。にもかかわらず、研究を止めずに続けるには、将来的な社会的意義や長期的利益を理解し、資金を提供する文化が欠かせません。
また、成果が出た場合にそれを安売りしてしまえば、次の研究に必要な資金が不足するという問題も生じます。研究費を得るには、短期的なリターンよりも長期的なサイクルを重視する視点が必要です。持続可能な研究体制とは、資金が一度途切れたら終わりではなく、成果を再投資しながら研究を回し続ける構造を持つことです。
研究を公開する必要性
研究を進める上で重要なのは、成果を社会にどう発信し、どう共有するかという点です。現代の科学技術の発展は、単独の研究者が密室で発見を重ねることで成し遂げられるものではなく、オープンな交流と議論の積み重ねによって推進されます。研究成果を発表することで外部からの評価や批判を受け、それを糧により深い理解と改良が進みます。
また、公開には資金調達の観点でも大きな意味があります。特許出願やライセンス契約を通じて、研究成果を企業や他の研究機関に提供することで、新たな研究費を得ることが可能になります。大学や公的機関の研究者が特許を取得し、それを企業にライセンスすることは、次の研究のための資金を自ら生み出す手段として極めて有効です。これにより、公共資金に頼らずとも研究を続ける基盤が築かれます。
ただし、公開にはリスクも伴います。研究内容を詳細に公表すれば、競合する他の研究者や企業がその成果を参考にし、同様の研究を進める可能性があります。いわば「情報のただ乗り」が生じるリスクです。特許による権利化を行うことで一定の保護は得られますが、すべての成果を特許化できるわけではありません。特に基礎研究段階では、技術的な完成度が低いため権利化が難しいケースも多いです。
そのため、どの範囲を公開し、どの範囲を伏せるかという「オープン・クローズ戦略」の徹底が求められます。研究成果の社会的価値を最大化するには、公開と非公開のバランスを慎重に見極める必要があります。オープンにすることで外部の知見を取り入れ、研究を発展させる一方で、重要な知的資産は適切に守らなければなりません。持続可能な研究体制には、この情報公開戦略の巧みな設計が不可欠です。
クローズする必要性
一方で、すべての研究成果を外部に開示することが最善とは限りません。特定の研究成果や情報は、あえて外部に公開せず、社内で独占的に活用する「クローズ戦略」を取る必要があります。特に競争が激しい分野では、他社に知られれば模倣や先回りをされるリスクが高まるため、非公開とする判断が不可欠です。
また、他社に有償で貸し出すことができない情報や技術でも、公開してしまえばタダで利用されてしまうことがあります。例えば、特許化してもすぐに解析・回避される可能性のある製造ノウハウや、生データの解析手法などは、公開によって逆に自社の優位性を失うことにもつながります。したがって、どの情報を共有し、どの情報を秘匿するかを明確に区分することが求められます。
クローズを実施する際には、情報管理体制の厳格さが問われます。社内でのアクセス権限を厳密に設定し、関係者以外が情報に触れられないようにすることが重要です。近年では、研究データの持ち出しや漏洩によるトラブルが頻発しており、情報管理の不備が研究成果を一瞬で無にすることもあります。秘密情報の管理には、技術的なセキュリティだけでなく、倫理教育や意識啓発も欠かせません。
ただし、クローズした情報にも弱点があります。それは、外部からの刺激がないために、時間の経過とともに陳腐化する可能性があるという点です。閉じた環境で保管している間に、世界の研究が進展し、いつの間にか自社の技術が古くなってしまうこともあります。そのため、秘匿情報であっても定期的に見直しを行い、依然として価値があるのか、あるいは公開して新たな展開を図るべきかを検証することが求められます。クローズとは「隠す」ことではなく、「価値を守る戦略」であり、そのための更新と管理が欠かせません。
情報の分別と活用と発展
最終的に重要なのは、社内に蓄積された研究やノウハウを、性質ごとに明確に分別し、それぞれに最適な扱い方をすることです。オープンにすべき情報、クローズすべき情報、そして一時的に保留しておく情報を明確に整理することで、企業は自らの知的資産を最大限に活用することができます。
この際、見落としてはならないのが「些細なノウハウの価値」です。大きな発明だけでなく、日々の業務改善や研究プロセスの工夫など、現場レベルの知見にも価値があります。そうした小さな知見を蓄積し、社内共有する仕組みを作ることが、組織の総合的な知的生産性を高めます。そして、これらの情報を企業価値に結びつける意識が必要です。知識を単に蓄積するだけでなく、どう収益化し、どう次の成長に結びつけるかという視点が求められます。
また、研究成果を「完成」と捉えるのではなく、そこからさらに発展させる姿勢が重要です。成果を収益化し、その利益を再び研究に投資するという循環を構築することで、研究は持続的に発展します。これはまさに、ノーベル賞を生み出すような国や企業が共通して持つ構造的強みです。基礎研究から応用研究、そして再投資という流れを絶やさず回すことが、長期的な競争力を支えます。
このように、情報の分別・活用・発展は、単なる管理の問題ではなく、「知の循環システム」の構築そのものです。研究を止めないためには、知識を守り、使い、育てるという三段階の取り組みが欠かせません。これを実現できる組織こそが、持続可能なイノベーションを生み出し続けるのです。
まとめ
ノーベル賞の受賞は、突発的な才能や偶然の産物ではなく、長期にわたり研究を継続できる体制の成果です。継続的な研究費の確保、成果の公開と秘匿のバランス、情報の管理と活用、そして再投資による発展。この一連の仕組みが有機的に連動して初めて、世界に誇る研究が生まれます。
現代の社会は、短期的な成果や即効性を求めがちです。しかし、本当の意味での科学的進歩や技術革新は、時間と忍耐を要する営みです。研究者個人の努力だけではなく、それを支える社会全体の理解と仕組みづくりが求められています。ノーベル賞は、そうした持続可能な取り組みが結実した象徴です。
したがって、次のノーベル賞を生み出すために必要なのは、新たな天才を探すことではありません。今ある研究を支え、育て、発展させる体制を整えることです。研究に携わるすべての人が長期的視点を持ち、知識を循環させていく社会を築くことこそが、未来への最良の投資といえるでしょう。
当センターでは単に研究成果を権利化するだけでなく、研究開発体制の整備の在り方など、知的資産の取得・活用・発展のあらゆるプロセスにおいて御社の課題の解決に尽力いたします。下記よりお気軽にご相談ください。



