相談者(40代女性)
趣味で始めた編み物の写真をInstagramにアップしたら高い評価を受けて、個人で編み物教室を始めました。教室の看板として素晴らしいマークを知人がデザインしてくれて、商標出願しておいた方がよいと助言されたのですが、どのタイミングで出願すれば良いでしょうか。私の編み物教室はまだまだ世間的には無名で生徒数も少ない状況ですので、あまり多額の費用がかかると困ります。
回答者:弁理士
商標登録は「早い者勝ち」の世界なので、早く出願するにこしたことはありません。ネット社会では人目を惹く名称やマークなどは編み物教室の生徒だけではなく多くの人の目に触れますし、Instagramで一度でも高い評価を受けたのであれば尚更「このマークを横取りしよう」と考える方の目に触れてしまう可能性が高まるため、早めの出願をお勧めいたします。費用総額は特許庁とのやりとりが何度続くかによって変わるため出願段階で見積もることは難しいのですが、当センターでは特許庁とのファーストコンタクトの際に審査官の思惑を出来る限り正確に引き出してその後のやりとりを最小化するご提案を行っています。
屋号や商品名、看板デザインなどは商標登録をご検討ください
商標(しょうひょう)とは、商品又はサービスに使用する名称やマークなどをいいます。自分(自社)の商品又はサービスを、他人(他社)のものと区別するために用います。
大企業に限らず、中小企業や個人事業主でも、ビジネスを行う上で「商標」を取得しておくことは、必要不可欠です。
商標登録とは、商品又はサービスに使用する名称やマークなどについて、その保護を求めて出願し、審査を通過することにより得られる特許庁への登録をいいます。
商標登録されることで商標権を得ることができ、商標権者は、指定した商品又はサービスについて、登録商標を独占排他的に使用することができます。また、登録商標と完全に同一の表示だけではなく類似する範囲についても、他人の使用や登録を排除することができます。
商標登録を後回しにしがちな理由
商標登録を後回しにしがちな理由としては以下のようなものが挙げられます。
- 商標登録は面倒だし、費用をかけたくない
- 権利を取っても他人に対して行使するつもりはなく、自分で名称やマークを使用するだけだから・・
- 全国的に商売する予定はなく、あくまで地元でで使用するだけだから・・
- 何年も前から使用しているので、商標登録しなくても問題ないのではないか
- 将来的には出願を考えたいが、いますぐに商標登録しなくてもよいのではないか
商標登録は「早い者勝ち」
特許権や意匠権は新しい創作物である必要があります。今までになかった新しいものだからこそ、登録の価値があると考えられるためです。これにより、新しい発明や意匠を創り出してもらって、ビジネスを活性化することが期待されています。
これに対し、商標には新しさや創作性は求められません。商標は創作物ではなく、世の中にある文字や図形などから選んだものとされています。登録要件としての新しさが求められないことから、出願前に誰もが知っている商標でも、誰かが先に登録していないなどの他の条件が揃えば登録され、それゆえ「早い者勝ち」の実情が生じています。
ネット社会では「招かれざる客」の目にも触れやすい
私たちは日々、パソコンやスマートフォンで気になる情報を検索します。これにより、テレビを見たり本を読んでいるだけでは気づかない知識を得ることができます。
例え生徒数がまだ大きくない編み物教室であったとしても、それなりに評価を得ている事業者は、ネットを通じて当人が想定しているよりもはるかに多くの人の目に触れており、それは決して喜ばしいだけの話ではなく、悪質業者のような「招かれざる客」の目にも触れる可能性が高まっています。そうすると、「このマーク、人気が上昇しているからウチで獲っておこう」という輩の目に触れてしまうリスクも高まってしまいます。
商標登録は早い者勝ちで、このように有名になればなるほど競合を引き寄せてしまうおそれも高くなるため、商標出願は出来る限り早く行うべきです。
商標登録が遅れて痛い目にあった事例
株式会社モンシュシュは、販売する人気ケーキ「堂島ロール」のパッケージに「モンシュシュ」と表示していました。しかし、「モンシュシュ」については他社が商標を登録していたため、これが商標権侵害とされ、約5140万円の損害賠償を命じられてしまいました。しかも、この事件の途中に、株式会社モンシュシュは店名や社名をこれまでの「モンシュシュ」から「モンシェール」に変更することまで余儀なくされてしまいました。
また、ある医療法人は、平成9年から兵庫県で「シルバーヴィラ揖保川」という介護施設を運営していましたが、平成18年にこの医療法人が知らないうちに、東京の会社が「シルバーヴィラ」の商標を取得しており、商標権侵害を理由に訴訟を起こされました。医療法人は「シルバーヴィラ」や「シルバーヴィラ揖保川」の名称を商標登録しておらず、先使用権の要件も充足していなかったために訴訟で敗訴し、介護施設の名称の変更と約600万円の損害賠償の支払いを命じられてしまいました。
このように、商標登録が遅れてしまうと、その名称やマークを使えなくなるだけではなく、多額の損害賠償請求をされる可能性もされて踏んだり蹴った入りになりがちであるため、注意が必要です。
「先に使用していた」は通用しにくい
商標出願には「早い者勝ち」のルールがあるため、権利者よりも先に使用を開始していた方を守るための制度として先使用権が存在します。
商標の先使用権とは、ある他人の登録商標について、その商標を出願する前から、自己がこれと同一又は類似の商標を使っており、かつ、それが周知(自己の業務にかかる商品・役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されていること)になっている場合に、引き続き自己の商標を使うことが認められる権利を言います(商標法32条)。
先使用権が認められる要件は、以下のとおりです。
- 他人の商標登録出願前からその商標を使用していたこと
- 不正競争の目的ではない使用であること
- その商標が自己の業務にかかる商品・役務(サービス)を表すものとして需要者の間に広く認識されていること
- 継続してその商品・サービスについてその商標の使用をしていること
この内、自社の商標が、他人の当該商標の出願時に「需要者の間に広く認識されていること」という要件を裏づける事実の立証は相当に困難であり、先使用権が認められることは非常に少ないのが実情です。
文字商標と図形商標の違い
商標出願は早めにすべきなのが鉄則ですが、その危険性の高さは「検索しやすさ」に依る部分も大きいです。
例えばお店や商品の名称などはただの文字列であることが多く、世の中にはたくさんの似たような名称があり、また検索可能です。そのため、こうした文字列は人目に触れやすく、他者が先に商標出願してしまう危険性が高いです。そのため、文字商標は特に早めの出願を意識すべきでしょう。
逆にマークなどの複雑な商標は直接検索する機会が限定されており、人目に触れにくいため、悪質業者においても先に出願するメリットがあまり大きくならない場合があります。そのため、独自性の高いマークについては著作権による保護もあることも加味して、多少はゆっくり出願しても大事には至らないかもしれません。
商標登録のためにかかる費用
商標登録を行う際には、一般的に以下の2つの費用がかかります。
- 特許庁に支払う費用
- 弁理士に支払う費用
もしもご自身で商標登録手続きを行う場合は、上記②の弁理士代行手数料は発生しません。ただし、商標登録は奥が深く、実際に自分で手続きした方の多くが「難しい」「手間がかかる」などと感じているため、スムーズに申請したい場合は弁理士に依頼すべきでしょう。
上記1と2の費用については以下の通りです。
1.特許庁に支払う費用
特許庁には、「出願手数料」と「登録手数料」の2種類の印紙代を支払います。
まず、出願手数料は登録申請するための費用のことで、『基本手数料(3,400円)』と 『区分数に応じた手数料(区分数×8,600円)』で計算されます。区分数とは商品やサービスなどが属する業種の数を指し、1つの商品や役務に対して1区分の扱いです。
また、登録手数料は審査に合格した際に正式登録するための費用のことで、登録を維持したい期間(5年間または10年間)に応じて金額が決まります。
仮に5年登録とした場合にかかる費用は以下の通りです。
費用の内容 | 1区分 | 2区分 | 3区分 | 4区分 | 5区分 | |
---|---|---|---|---|---|---|
印紙代 | 出願手数料 | 12,000円 | 20,600円 | 29,200円 | 37,800円 | 46,400円 |
登録手数料 | 17,200円 | 34,400円 | 51,600円 | 68,800円 | 86,000円 | |
支払い総合計 | 29,200円 | 55,000円 | 80,800円 | 106,600円 | 132,400円 |
2.弁理士に支払う費用
弁理士に依頼をして代理で商標登録を行ってもらう場合は、一般的には弁理士代行手数料として別途「出願手数料」と「登録手数料」を支払う必要があります。相場は数万円程度であり、格安事務所であれば1万円程度で済むケースもあります。このほか、別途「事務手数料」や「調査手数料」などが発生する場合もあるため、どのような費用が発生するのかを事前に確認しておきましょう。
拒絶理由通知の回数によって費用総額は変動する
この他、特許庁から拒絶理由通知が出た場合、その度毎に弁理士に対応を依頼するかどうかを判断し、追加依頼をする必要が生じます。この追加費用が平均して5~10万円程度かかり、この対応が申請毎に何回発生するかわからないため、費用総額が読めないのが実情です。
拒絶理由の内容としましては、大多数が「類似商標が先に登録されている」というもので、対応策としては。
- 類似していないと反論する
- 権利の範囲を縮減して先行商標と被らないように調整する
- 先行商標が直近3年間で使用された形跡がない場合、商標の取消を請求する
といった対応が考えられます。このうち、権利の範囲を縮減する方法は最も簡便で手間もかからないのですが、出願人としては不本意であるため最も安く、先行商標の取消請求をするとなると、霞が関の特許庁で裁判に似た手続きが必要になりますので、費用は高くなりがちです。
当センターの取り組み
当センターでは、事業活動に必要な商品・サービスはすべて取る、必要のないものはとらない、というスタンスで単に権利をとれば終わりではなく、ご依頼者がその先にどのような事業展開をしたいのかを正確に把握して、その事業活動の遂行に必要な商品・サービスを可能な限りすべて出願段階では含める方針を採用しております。
その結果、一度は特許庁から拒絶理由通知が来る可能性がありますが、その一度目の拒絶理由通知で特許庁の担当審査官の思惑を出来る限り正確に読み取り、出願の落としどころを見極めて2回目以降の拒絶理由の回数を減らすご提案をすることにより、費用総額の圧縮と事業活動に必要な権利の獲得の両立を目指す方針を採用しています。
商標をとってみたいとお考えでしたら、アイディア段階でも結構ですので、お気軽に当センターにご相談ください。