相談者(30代男性)
商標出願をしたところ、先行類似商標があるという拒絶理由通知を受けました。指摘された先行商標は、確かに見た目は似ていますが、読み方や言葉の意味は全然違います。知り合いに聞いたところ、読み方や意味が違う点を主張すれば問題ないと言っていたのですが、それでよいのでしょうか。思い入れのあるマークなので絶対に登録したいです。
回答者:弁理士
商標の類否は外観・称呼・観念を総合的に考慮して判断されますが、特に「取引の実情」を考慮する必要があります。需要者が何を主たる手がかりにするかを見極めて、その要素を重視して判断されるため、需要者が見た目を重視してあなたのマークを選ぶのであれば、称呼や観念の違いをいくら強調してもあまり意味がなく、見た目が似ていないということを説得的に論証する必要があります。
商標の類否判断の考慮要素
商標出願を行った際、既に登録されている先行商標との関係で拒絶理由通知が発せられることがあります。特に多いのが、先行商標と出願商標とが類似しているため登録を認めることができないという理由です。このような通知を受けた場合、出願人としては両商標が類似していないことを主張しなければなりません。
商標法の実務においては、商標から受ける印象を総合的に検討し、需要者や取引者が商品の出所を誤認混同するおそれがあるかどうかという観点から判断されます。その際に重要な判断要素として用いられるのが、外観、称呼、観念という三つの要素です。外観とは文字や図形などの見た目を意味します。称呼とは商標を呼んだ際の音や呼び名を意味します。観念とは商標から連想される意味やイメージを意味します。
もっとも、実際の類否判断は単にこれら三要素を機械的に比較するだけではありません。商標審査や審判、裁判においては、取引の実情を考慮したうえで総合的な判断が行われます。同じ商標であっても、どのような商品やサービスに使用されるのか、需要者がどのような方法で商品を選択するのかによって、重視される要素が変化するからです。
このような考え方を示す概念が「取引の実情」です。拒絶理由通知に対応する際には、外観・称呼・観念の比較だけでなく、取引の実情を踏まえた分析が重要となります。そこで本稿では、この取引の実情をどのように検討し、どのような観点から類否判断に活用すべきかについて詳しく解説します。
実際の需要者が何に着目するか
商標の類否を判断する際、まず外観・称呼・観念の三要素を比較することになります。しかし、単に異なる部分を見つけて「ここが違うから非類似である」と主張しても、必ずしも有効な反論になるとは限りません。
なぜなら、類否判断において重要なのは、理論上どこが違うかではなく、実際の需要者が商品やサービスを選択する際にどこに着目するかだからです。需要者がほとんど意識しない部分の相違を強調しても、取引の現場における誤認混同のおそれを否定する根拠としては弱いものになってしまいます。商標には外観、称呼、観念という複数の要素がありますが、全てが常に同じ重要性を持つわけではありません。商品やサービスの性質、販売方法、需要者層などによって、特定の要素が強く意識される場合があります。
そのため、取引の実情を考慮するという作業は、需要者が何を手掛かりとして商品やサービスを識別しているのかを分析する作業であるといえます。需要者が主として視覚情報によって商品を選択しているのであれば外観が重要になりますし、音声による注文や口コミが中心であれば称呼が重要になります。商品名の意味内容が強く訴求力を持つ市場であれば観念が重要な判断要素となることもあります。
この点を踏まえると、類否を争う際には、外観・称呼・観念の全てを漫然と比較するのではなく、需要者が特に重視する要素に焦点を当てて検討する必要があります。重要性の高い要素において明確な差異が存在するのであれば、その差異が混同防止にどのように作用するかを説明することが求められます。
したがって、取引の実情の検討とは、単なる商標比較ではなく、需要者の認識過程を分析する作業であると理解する必要があります。そして、その分析結果を踏まえて重要な要素の類否を検討することが、実効性のある主張につながるのです。
ビール購入の際に何に着目するか
取引の実情の重要性を理解するためには、需要者が実際にどのような方法で商品を購入しているかを考える必要があります。その際、ビールの購入場面を題材にすると理解しやすくなります。需要者が酒屋にビールを注文する場面を想定した場合、どのような情報を手掛かりとして商品を選択するでしょうか。この問いに対する答えは、時代によって大きく変化しています。
かつては電話による注文が一般的でした。需要者は電話口で商品名を伝え、店側はその名称を聞き取って商品を準備していました。このような取引形態では、商標の見た目よりも呼び名が重要になります。需要者自身も商品名を発音しなければならず、販売者もその音を聞き取って商品を識別するためです。このような環境では、称呼が需要者や取引者の認識に大きな影響を与えます。見た目が大きく異なっていたとしても、呼び名が酷似していれば混同のおそれが生じる可能性があります。反対に、呼び名が明確に異なれば、混同のおそれは小さくなると考えられます。
現在の取引環境は大きく変化しています。需要者はパソコンやスマートフォンを利用し、インターネット上で商品を検索して購入します。飲食店などでもタッチパネルによる注文が普及しています。このような場面では、需要者は商品名を口頭で伝える必要がありません。需要者は画面上に表示された商品名や商品画像を見ながら選択するため、視覚情報への依存度が高くなります。その結果、商標の外観が従来以上に重要な意味を持つことになります。需要者は商品名の文字列やデザインを見て商品を区別するため、外観上の差異が混同防止に大きく寄与する可能性があります。
ここで重要なのは、どちらの要素が常に正しいということではありません。取引環境の変化によって需要者が重視する要素が変わるという点です。商標の類否判断において取引の実情が重視される理由はまさにここにあります。需要者の行動様式は固定されたものではなく、社会環境や技術の発展によって変化します。類否判断を行う際には、その時代における現実の取引状況を踏まえて、需要者が何を見て、何を聞き、何を手掛かりとして商品を選択しているのかを検討しなければなりません。
したがって、取引の実情の分析とは単なる市場調査ではなく、需要者の認識構造そのものを理解するための重要な作業であり、商標の類否判断において欠かすことのできない検討事項なのです。
需要者の着目する要素について掘り下げない主張は無意味
商標の類否を争う場面では、出願人がさまざまな相違点を指摘することがあります。しかし、需要者が着目する要素について十分な分析を行わないまま差異だけを列挙しても、高い評価を得ることは困難です。
特許庁の審査実務や審判実務、さらには知的財産高等裁判所の判断においても、取引の実情は重要な考慮要素として位置付けられています。判断主体となる需要者がどのような認識をするかが重視される以上、需要者の視点を欠いた主張には限界があります。
実務上の判断では、まず需要者が商品やサービスを選択する際にどのような情報に依拠しているかが検討されます。そのうえで、重要な役割を果たしている要素について類否が分析されます。つまり、単なる比較ではなく、重要度を踏まえた比較が行われているのです。このため、出願人としては需要者が特に重視する要素を特定し、その要素においてどのような違いが存在するのかを詳細に説明しなければなりません。重要な要素に明確な差異が認められるのであれば、その差異によって需要者が出所を誤認しない理由を論理的に示す必要があります。
一方で、需要者がほとんど注目しない要素についてのみ相違を強調しても説得力は限定的です。仮に複数の要素で差異が存在したとしても、需要者が商品選択時に重視する部分が共通していれば、混同のおそれがあると評価される可能性があります。
取引の実情を踏まえた主張とは、需要者の認識過程を分析し、その認識過程の中で重要な役割を果たす要素を特定し、その要素における差異が混同防止にどのようにつながるのかを説明する主張です。この分析が欠けている限り、どれほど多くの相違点を列挙しても有効な反論にはなりにくいです。そのため、拒絶理由通知への対応においては、商標同士の比較に終始するのではなく、需要者が何を見て判断するのかという視点を深く掘り下げることが不可欠です。
なぜ類似していないかを説得的に説明せよ
商標が類似していないことを主張する場合、多くの出願人は差異の存在を示そうとします。しかし、単に違いがあることを指摘するだけでは十分ではありません。重要なのは、その違いが需要者にとってどのような意味を持つのかを説明することです。
商標の類否判断は、最終的には需要者が商品の出所を誤認混同するかどうかという問題に帰着します。そのため、非類似を主張するのであれば、なぜ需要者が混同しないのかを論理的に説明しなければなりません。審査官や審判官、裁判官が求めているのは、需要者の認識に関する客観的かつ合理的な説明です。需要者が何を重視するのか、その理由は何か、その重要な要素においてどのような差異が存在するのか、その差異がなぜ混同防止につながるのかという一連の論理が必要になります。
そのため、非類似の主張を行う際には、まず市場や取引形態を十分に分析しなければなりません。需要者層の特徴、商品選択の方法、販売経路、情報収集手段などを検討したうえで、需要者が依拠する主要な識別要素を特定する必要があります。
その後、その主要な識別要素に焦点を当てて両商標を比較し、相違点が需要者にどのように認識されるのかを具体的に説明します。このような構成によって初めて、非類似であるという結論に説得力が生まれます。
したがって、拒絶理由通知への対応においては、単なる比較表の作成や相違点の列挙ではなく、取引の実情を踏まえた論理的な説明を構築することが極めて重要なのです。
まとめ
商標出願において先行商標との類似を理由とする拒絶理由通知を受けた場合、出願人は両商標が類似していないことを主張する必要があります。しかし、その際に単純な見た目の違いや呼び名の違いを指摘するだけでは十分とはいえません。
商標の類否判断は、外観・称呼・観念という三つの要素を総合的に比較して行われますが、それらの要素は常に同じ重みで評価されるわけではありません。実際の市場において需要者がどのような方法で商品やサービスを選択しているのかという取引の実情が考慮されます。
取引の実情を考慮するということは、需要者が何を手掛かりとして商品を識別しているのかを分析することを意味します。需要者が主として見た目に着目する市場であれば外観が重要になりますし、呼び名による識別が中心となる市場であれば称呼が重要になります。観念が商品の選択に大きな影響を与える分野であれば、その点も重要な判断要素となります。
特許庁や知財高裁も、このような取引の実情を重視して判断を行っています。そのため、非類似を主張する際には、需要者がどの要素に着目して商品を選択するのかを十分に分析し、その重要な要素における差異を具体的かつ論理的に説明しなければなりません。需要者が重視しない部分の違いをいくら強調しても説得力は限定的です。重要なのは、需要者の認識過程において決定的な意味を持つ部分がどのように異なるのかを示すことです。感覚的な主張や単なる印象論ではなく、取引の実情に基づく分析を行い、その分析結果を踏まえて論証することが求められます。
商標の類否判断における「取引の実情」とは、単なる補足事情ではありません。需要者が何を見て、何を聞き、何を手掛かりとして商品やサービスを選択しているのかを明らかにする重要な判断基準です。拒絶理由通知への対応においては、この視点を踏まえて主張を構築することが、説得力のある反論につながるのです。
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